令和6年度 入学宣誓式 祝辞

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令和6年度 入学宣誓式 学長祝辞

 京都工芸繊維大学に入学された皆さん、そして、大学院に入学および進学された皆さん、本日はまことにおめでとうございます。これまで皆さんを支えてこられましたご家族や関係者の方々に、本学の教職員を代表して、心からお祝いを申し上げます。

吉本昌広学長の祝辞

 京都工芸繊維大学は、120年あまり前に設立された京都蚕業講習所と京都高等工藝学校を前身として1949年に設立されました。これまで、日本文化の源である京都の風土の中で培われた「知と美と技」を探求する独自の学風を築きあげ、学問、芸術、文化、産業に貢献する幾多の人材を輩出してきました。

 京都には永きにわたり、生活の中の衣食住に関するあらゆる品物、そして茶道、華道、能楽、祭りなどの文化の隅々にいたるまで、洗練されたものであらねばならないという人々の強い思いが根づいています。素材や器に気を配った料理や菓子、四季折々の部屋のしつらえに、洗練を身近に感じることができます。

 一方で、単に技を継承するだけでなく、革新的な挑戦を続け、新しい価値を創造して発展してきた地でもあります。古くは明治時代の挑戦が思い起こされます。本学の前身校が設立されるまでの京都の歴史の一端を紹介します。この歴史は、本学が掲げている京都思考につながります。

 年号が明治に変わる4年前の1864年に長州藩と幕府側の武力衝突である禁門の変が起こり、市街地での戦闘から発生した火災により京都の中心部は壊滅的な被害を受けます。市中の5万戸の55%にあたる2万7千戸あまりが焼失したと記録にあります。その5年後には首都が東京に移ります。ここから新たな京都の挑戦が始まります。

 禁門の変から8年後の明治5年には、西陣から三人の方がフランスのリヨンに派遣され、技術を習得するとともにジャカード織機を持ち帰っています。ジャカード織機は、穴の開いたパンチカードを使って経糸と緯糸を操作して織機に柄の指示を出します。パンチカードによりプログラミングを行い複雑な柄を自動的に織り上げます。コンピュータの父と呼ばれるイギリスの19世紀の数学者チャールズ・バベッジは、ジャカード織機の仕組みをヒントにして、世界初のプログラム可能な計算機とされる「階差機関(difference engine)」を考案しています。つまりジャカード織機は今日のコンピュータにつながる画期的な装置だったのです。手織機と手描きの世界から、パンチカードによるプログラミング方式の自動織機への移行により、経験と手業、勘の世界がいきなりインテリジェント化されたのです。革新的な挑戦を行い、新しい価値を創造する先人に頭が下がります。

 もう一つ、琵琶湖疎水とその水を利用した蹴上発電所の建設は、京都人たちの起死回生の一手でした。このままではいけないと琵琶湖から京都に運河を開通し、水力の利用をはかります。工事費の不足を補うために、市債を起債し、寄付金を募り、市民に対する目的税まで設けられましたが、京都人たちはこれに応えました。禁門の変から四半世紀経った1890年に、琵琶湖疎水は開通し、翌年には蹴上発電所も運転を開始します。工場の近代化が進み、日本初の一般営業用電気鉄道として市電が開通します。

 そして、革新的な挑戦を行い、新しい価値を創造する気概に満ちた京都で、次代の人材育成を目指し、当時の日本を支える主要輸出産業であった繊維と工芸を対象とした本学の前身校2校が誕生します。禁門の変からちょうど一世代、30年あまりを経たのちのことです。その後、本学は120年にわたり京都をはじめ全国の産業やアカデミアに、新たな価値創造に挑戦する人材を送り続けてきました。

 このような先人の努力の結果、現代の京都は、洗練された伝統的文化と最先端のグローバル企業を併せ持つ、世界的にも稀有な唯一無二の都市となっています。このような京都をつくり上げた心意気と創造的挑戦心を、我々は「京都思考」と表しました。本学は、京都思考を教育・研究に活かし実践することで、地球と日本のありうる未来を担う人材の育成を目指しています。

 本学では、京都思考をベースにART×SCIENCE、LOCAL×GLOBAL、TRADITION×INNOVATIONという3つの理念を掲げています。この理念を説明しながら新入生の皆さんにお勧めしたいことを述べていきます。

 1つめのART×SCIENCEは、「ARTの発想」がキーワードです。これは、既成概念にとらわれない思考・発想と考えています。現在世界中で起こっている地球規模の課題を解決するためには、自然科学のみでなく、人文科学・社会科学の考え方も取り入れることが必要です。本学は、他に類を見ないデザイン・建築から生物まで広範な領域をカバーする工科系大学で、バイオ、材料・化学、電子、機械、情報、デザイン、建築、繊維、人文・社会科学などの様々な分野を研究する教員がおります。これらの教員が学内に設けたKYOTO AGORAという場に一堂に会し、異なる専門領域の教員同士で意見を交わしながら、課題解決に取り組んでいます。

 このような分野横断の活動を、学生の皆さんにも、是非、お勧めします。学部新入生の皆さんは、それぞれの専門分野の科目を学び専門力を身につけることに加えて、是非、教養科目にも力を注ぎ、分野横断型で実践型の科目にも挑戦してください。大学院に進んだ皆さんは、自身の専門分野を深掘りするだけでなく、異分野融合のプロジェクトに関わってみてください。そうすることで、今の研究に新たな意味づけがなされ、違う出口や社会実装の形が見えることがあります。新しい展開を模索している人も、自身の研究を突き詰めたい人も、きっと大きな発見が得られることでしょう。

 2つめの理念はLOCAL×GLOBALです。質の高いものづくりと信用に支えられたLOCALで培われた京都思考に基づき、持続可能な世界的問題を解決するGLOBALな地球思考を併せ、新価値の創造を目指します。GLOBALの観点では、皆さん、何らかの形で海外に目を向け、海外に飛び出してください。本学には世界各地に約100校の提携大学があります。海外インターンシップや海外サマースクール、海外大学院共同学位プログラムなど海外を体験する多くの機会があります。大学院生になれば、自らの研究成果を海外で発表する機会が訪れると思います。是非、皆さん、海外に積極的に出かけ、異なる視点を理解し自己の価値観を確立してください。

 3つめの理念TRADITION×INNOVATIONは温故知新と不易流行というべきもので、これまで述べてきました京都思考そのものであります。

 最後にもうひとつ、みなさんにお伝えしたいことがあります。私が大学生の頃、大学で学ぶ意味は、本物と偽物を見分けられるようになることだと教えられたことがあります。特に京都では「ほんまもん」という言葉が強調されます。より力強く、確固とした本物であることを示す場合に「ほんまもん」という言葉が用いられます。人工知能を用いた文章の生成や、果てはディープフェイク画像まで、本物と偽物を見分ける必要はますます増えてきます。

 本物と偽物を見分けるために、是非、皆さん、大学での活動を通じて、批判的な思考に努め、異なる視点を理解し、信頼できる情報を判断できるようになってください。ほんまもんを見極める力は人との交流で培われます。同級生、教員、同好の士など、さまざまな人と交流し、人間関係を構築し、コミュニケーションをとるなかで、様々な体験をし、知識を得ることで、自己の価値観や信念を確立することができます。これにより、ほんまもんを見極める基準を明確にすることができます。課外活動も含めて積極的に交流を深めてください。

 むすびに、真理探究で得られる喜びは、学術の原動力です。新たな価値をつくる喜びは、工学の推進力です。連携を通じてお互いに認め合う先に、共に咲く喜びがあります。喜びは、夢と希望につながっています。皆さんにとってこの大学での日々が、学びと喜びに満ちたものであると期待しています。

 新入生の皆さん、まことにおめでとうございます。

令和6年4月5日
京都工芸繊維大学長
吉本 昌広